2007年02月06日

音楽と体操って言うけど・・・

情念との関わりでの「音楽と体操」って、わかりにくいですかね?

もう少しアランの言葉を追っておきましょう。

「要するに我々は情念によって病気を悪化させる。それが本当の体操を学ばなかった人達の運命である。そして本当の体操とは、ギリシア人たちの理解したように、肉体の運動(mouvement)に対する正しい理性の支配のことである。」
(アラン 『幸福論』 宗左近訳 p.15)

この支配という部分は「統御」と訳した方がいいかもしれないんだけど、とにかく、普通は心の問題として捉えられている「情念」というものは、身体の動きが心を支配してしまうために起こり、かつ嵩じるものだと考えられています。だから心は「受動」(passion)なのだということ、この支配関係をむしろ逆転する(つまり「肉体の運動に対する正しい理性の支配(ないし統御)」)ために、随意筋を動かすことが必要なわけです。それは、一般的にいうなら「体操」なわけですね。

音楽もそういう体操と考えることができそうなのです。

「私は、プラトンが音楽を一層微妙で力強い体操と見る理由を理解した。美しい生活は、だから、美しい歌のようなものであろう。」(アラン 『思想と年齢』 p.394)

音楽、特にわかりやすいのは歌、歌手の姿かも知れません。
次の言葉は、素晴らしいものと思います。

「歌は、人体という建築が救われたことを表現し、まっすぐに立った、気品のある体型を表現している。本当の歌い手には、神のような立ち姿が、きっと認められるものだ。自分を同じ状態に保ち、自分を模倣し、自分に聞き入っているこの叫びは、何と力強いか。これは、思い通りに開始し、変転し、元に帰り、そして終結する叫びなのだ。」(アラン著作集8 文学折に触れて p.15)
ラベル:音楽 体操
posted by masaccio at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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