2007年04月08日

批判とか、非難とか

今日は、批判とか、非難とかについて書いてみたい。

批判ていうのは、必要なものと考えられている。
<何に?>って、社会生活や学問の世界や、どんなところでも。
もちろん、そうでしょう。
そもそも批判とか非難とかを意味するフランス語はcritiqueで、そのギリシア語の語源はクリノーという言葉で、「分ける」という意味をもっている。
良いものと悪いものとを分けるといった場合を考えてもいいし、カントの『純粋理性批判』を思い出して、可能的経験とそうでないものを分けるなんていう場合を考えてもいい。

ただ、問題はアランが次のようなことを言う点を、どれだけ人が考慮するかだと思う。

「何事かを、あるいはだれかを批評する人の内には---たとえ正しい批評であっても---何か苦いところがありはしないか、気をつけて聞くがよい。なぜならば、これこそ最悪の徴だからである。」
(アラン 『人間論』 p.266)

「現代に共通の謬見の一つ、----- そしてこれは、むしろ忘恩の時代と呼びたい批判の時代の名残なのだが ----- それは、観念が真であるとすることである。四分儀や経緯儀が真であるかどうか考えてみる方が、まだしもよかろう。なぜならば、これらは、よりよく把握するための道具だからであり、実は私たちのすべての観念も、同様に、よりよく把握するための道具なのである。」
(同書 pp.94-95)
posted by masaccio at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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