2007年06月04日

ラファエロの肖像画

フィレンツェのウッフィーツィ美術館で、ラファエロの肖像画を観たことがあります。
自画像です。
<いやー、こいつは一筋縄じゃあいかない人物だなあ>というのが、そのときの感想。
もちろん、<すごいなあ>ということです。

そこで、アランが肖像画について語っているところを見てみることにしましょう。

「〔肖像画が定着するもの〕原始的な裸の自然ではなく、経験を積み重ねてきた自然、しかもそれがそっくり一つの貴重なひとときのなかに集中し、そのひとときを画家が永久に定着するのです。それ自体の思い出を背負い、さまざまな出会いによって豊かにされ、さらには変化させられた一つの自然をゆっくりと形成する作業と、絶えず積み重ね、積み上げ、保存しつつ変化させる画家の作業そのものとの間に、対応関係があるのです。ここに閉じ込められているのは一つの魂の記憶であり、歴史なのです。」(アラン 『芸術二十講』白水社著作集5 p.238)

「彫刻の中には形而上学があり、絵画の中には心理学がある。」(アラン 『芸術について』白水社著作集旧版5 p.250)なんていう言葉もあります。

「画家の愛する対象、かつ画家だけが愛する対象である眼差しを、またその周囲のことを思ってみたまえ。眼差し、この魂の先端。」(同書 p.255)なんていう言葉も。

若くして死んだラファエロですが、アランのこうした指摘にあるように、そこに凝縮している「魂の記憶」、「歴史」、「心理学」、そして<眼差し、この魂の先端>を感じ取るには十分だった気がします。

まあ、いずれにしても、美しい絵を観るのは、幸福に資するものだと私なんかは思います。
posted by masaccio at 22:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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ラファエッロ―幸福の絵画
Excerpt: ラファエッロ―幸福の絵画
Weblog: 忍者大好きいななさむ書房
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