2008年04月22日

選ぶということ

先日、通勤途中に地下鉄の吊り広告で新刊の宣伝が出ていました。

『親と上司は選べない』という題の本があった。

でも、選ぶというのはどういうことでしょう?

確かに、自分で選んで両親のもとに産まれてきたわけではないですよね。

でも、選ぶとはそんなことじゃないんじゃないかな。

アランは、<すでに目の前に存在しているものを選び取る>という話を「選ぶ」という題材に関して強調しています。

「選ぶとか拒むというような考えは、この模範的な愛(母の愛のことです---説明的挿入) には起こり得ない。ここには、恋するものの学ぶべきなにかがある。つまり、選択が多すぎるということだ。なぜならば、人々は気に入るものを選ぶことが出来るからである。しかし、これは愛することではない。それどころか、選ぶことでもない。なぜならば、これでは出会いが全てを決するのだから。これに反して、自分の気に入ろうと入るまいと、愛することを選びとる者は、自分自身の底から選ぶのであり、全ての運命を免れるのである。」(アラン    『思想と年齢』 pp.230-231)
posted by masaccio at 18:51| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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